卒業生からのメッセージ

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    ウィーブ
    プログラマー
    小谷 智美 さん
    IT・セキュリティ科 卒業

      今日のすべてが、明日の糧。 一歩ずつ、夢へ。

    家に届いた初めての自分のパソコン。インターネットにつないでみる。設定をする。わからないことがたくさんあった。「そもそも、コンピュータってどう動いているんだろう?」。
    そんな誰もがふと抱く素朴な疑問を、そのままにしておかなかった行動力が、今の小谷智美さんへとつながっている。当時、22歳。派遣社員としてデータ入力などを担当していた小谷さんにとって、パソコンにさわるのは初めてのことではなかったが、自分自身のパソコンを手にし絵を描いたりしているうちに、小さい頃からの機械好きがムズムズ起きだしたのだろう。何校ものコンピュータ専門学校の資料を集め、自らの足で見学に回り始めた。自分でやりたいと思い、自分で学費も出すのだ。その時から真剣味が違ったと小谷さんは振り返る。
    工業系の仕事に携わっていたという父親の影響を受けてか、小学生の頃から壊れた電気製品を解体して修理を試みたり、基板をさわったりしていたという小谷さん。中学生になると、おこづかいの中から好きな数学や物理の問題集を買ってきては解いて遊んでいたという。「女の子としては珍しいかもしれませんね。(笑)」。
    その大阪コンピュータ専門学校時代から、小谷さんはひそかにキャリアプランを練っていた。まずは、ウェブシステムのプログラマーへ。しかし、最初の就職先に選んだのは、大手半導体メーカーの制御プログラミングを担当する会社だった。そこにも、小谷さんのあるもくろみがあったのだ。その先で、自分の夢をひとつずつ確実に叶えていくために。

    電気通信関係のカリキュラムを持っている専門学校は、
    他にありませんでした。

    最初の仕事に、製造された半導体への組み込みを選んだのは、ハードをしっかり学びたかったからだという。そもそも、大阪コンピュータ専門学校を選んだのも、電気通信関係をしっかり学べるという理由からだとか。「システムの勉強をハードと切り離して考えるのは嫌だったんです。これだけしっかりとした電気通信関係のカリキュラムを持っている専門学校は当時、他にはありませんでした。実際、関西テレビ電気専門学校の学生といっしょに電気通信の授業を受けていましたからね。国家資格である工事担任者の資格まで取得できちゃうんですよ。前の半導体メーカーの仕事でも、ダイオードまで理解しているプログラマーはいませんでしたからね(笑)。先生のレベルが高いから、授業中にコンコンと言われたことや、『ここが鉄則!』と黒板に書かれたことが、今でも仕事で大いに役立っているんです」。

    夢は40代での起業。そのためのスキルアップを。
    これからの夢は?という質問に、「40代で、システム開発の会社を起業します!」と元気な声で即答した小谷さん。
    そのためには、まず今の自分のスキルアップを図ることだと語る。日進月歩で進む技術を早く修得するために、本を読んだり、週末のセミナーを受講することも。次のステップアップを見据えて、常に勉強の毎日だ。「受けた案件に対し、ただコードが書けるだけのプログラマーは長生きできません。まずは瞬時に、どう作るべきかイメージできるプログラマーになりたい。そして、ハードの動きも理解したうえでシステムを設計できるようになりたいですね。自分しかできないものを作ること、それが私の“売り”になるはずです」。夢が持つ力だろうか、「毎日の仕事が楽しい」と語る彼女はとても輝いていた。

       

     

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    シンボリックテクノロジー
    プログラマー
    小山 真之介 さん
    IT・セキュリティ科 卒業
      大阪大学に合格。化学に進む中で プログラミングに興味を持つ。 ソフトウェア開発こそ自分の 進む道だと西沢学園に転学。

    アグレッシブな興味が資格取得につながる
    高校卒業後、小山さんは、大阪大学理学部化学科に進学。実験などに取り組む毎日を送っていた。しかし、実験中、計算で使うプログラムに対して不満を持つ。「例えば、物理の実験で上からボールを落とすとどんな軌道を描くかをコンピュータで計算する時、プログラムは英語のため分かりにくく、メニューも少ないため、自分で追加しなければなりませんでした」。それ以降、様々なプログラムを改良するうちに、化学よりもプログラミングに興味を持つようになり、ついに自分の意思で大阪大学を辞め本格的にプログラムを勉強することに。「大阪コンピュータ専門学校では、放課後も教室に残ってコンピュータをいじったり、分からないことを職員室で質問したりしていました」。そんな小山さんは、入学した年の10月に基本情報技術者試験に合格、翌年4月にはソフトウェア開発技術者も取得。C言語はもちろんJava言語も、大阪コンピュータ専門学校とNTTとが共同開発したe-ラーニングシステムでマスター。工事担任者DD第3種(国)も校内講習修了でもらえた。「興味があるから毎日勉強できるんです。これはどうすればできるのか?じゃあ調べてみようって…。」

    目指すのは誰もが使ってみたくなるシステムづくり
    現在の会社に就職してからは、とても忙しいが密度の濃い毎日を過ごしている。これまで小山さんが担当したプログラムは、制作に1週間~3ヶ月間かかる。まずプログラムを作り、バグが出ないか綿密にチェックする。そこでバグが出ると、もう一度作り直しになる。「でも、自分が作ったプログラムが正常に作動した時はすごく嬉しいですね。プロになってまだ1年ですが、誰もが使ってみたくなるシステムを作れるようがんばります」。

       

     

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    ネットジェネシス 社長
    中川 貴志 さん
    IT・セキュリティ科 卒業
       同志社大学を  自らの意思で辞め、入学したのは 「自分の会社を持ちたい」から。

    卒業と同時に起業!
    ネットワーク・システムコーディネータに

    卒業後すぐに、友人らとともに会社ネットジェネシスを設立し、自ら会社経営に携わりながら、ネットワーク・システムコーディネータとして活躍する中川さん。一般企業などに対して、コンピュータ関連のコンサルタント業務を行う同社では、インターネットカフェなどのシステムを構築したり、コンピュータの導入に関するアドバイス、メンテナンス業務を主に取り扱っている。中川さんは高校卒業後、一度は同志社大学に進学するものの、「将来はパソコン関連会社を経営したい」との考えから、大学を自らの意思で辞め、大阪コンピュータ専門学校に入学した。「ソフト面に関する知識や技術を身につけておきたかったんです。だから、一年目からデータベースに関することをイチから学べたのがよかったですね。そして授業では、そのデータベースをどのように運用していけばいいか?ある銀行での実例を挙げながら学習できたので、実際に自分が会社経営をしていくにあたり、今おおいに役立っています」。在学中に、初級システムアドミニストレータ(国)、基本情報技術者(国)、工事担任者DD 第3種(国)の資格を取得するとともに、Java言語やCG映像に関することまで、学びを深めていった中川さん。「自分一人では、到底学べないことを学べる環境が整っていました」と語る。

    各専門分野の講師陣に学べたことが
    今の活躍に繋がっている

    大阪コンピュータ専門学校では、専門学校としては初導入となる、CGスーパーコンピュータOnyxやOnyx2、そして今はやりのMayaはもちろん、モンスターソフトAlias Power Animatorも使える。さらに、「各専門分野の先生が数多くおられるので、興味があれば何でも質問でき、自分の能力の幅を広げていけました。そのおかげで仕事では、お客様のあらゆる要望や発生するアクシデントにも対応できています」と、今の活躍の秘密を教えてくれた。

       

     

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    ファイン
    WEBデザイナー
    小村 幸大 さん
    CG・ゲーム科 卒業
      Webコンテンツ制作会社で働く WEBデザイナー。

    コンピュータの初歩から、基礎をしっかり学ぶ
    現在、さまざまなWebデザインを手がける小村さん。在学中にしっかり学んだ基礎知識やCG制作「四天王」など最新設備を使用することができたことが、今の仕事にとても役立っているという。学内の各部門のテーマごとに競い合う大会で、小村さんは2D静止画部門に作品を出展。惜しくも賞は逃したが、それを見た人が笑ってくれた。その経験が、卒業時に「自分にできることは人を喜ばせることだ」という思いになり、WEBデザイナーへの道を決めたそうだ。また“賞をめざす”というような目標を持つことが大切だと、小村さんは考えている。「目標を持っている人は強いですよ。身につけたいという意識で実力がつく。それに目標を持っていれば、流されることはありません」。

    フリーのWebデザイナーとして腕を磨き、
    希望の就職に成功!

    卒業後は、フリーランスでさまざまな仕事をこなすかたわら、アニメーション神戸のWebアニメコンテストに応募。銀賞を受賞した。「そのうちに、会社ではどれぐらい通用するのだろうと思い始め、就職試験を受けたのが今の会社です」。面接では、Webアニメーションが好評だった。さらに、フリーとしてやってきた仕事への評価も高く、競争率の高かったゲーム関連会社に勤務することになった。その会社で小村さんはWebデザイナーとして、ゲームはもちろん、雑誌や各種企業など、さまざまなホームページ制作を担当。「フリーと違って会社には目標となるレベルの高い人が身近にいるというメリットもある」と小村さん。「自信作は、今作っているWebです」という彼の将来の夢は“名前を覚えてもらえるようなクリエータになること”。一歩一歩確実に、その目標に向かって、小村さんは歩んでいる。

       

     

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    フジカラー
    フォトグラファー
    長野 優幸 さん
    フォトグラファ科 卒業
      5つのスタジオ、圧倒的な機材、 フォコマートのいる暗室に憧れて入学。 好きな写真を仕事に!

    私が撮った写真を見て、お客様が喜ばれている時、
    とてもうれしい。

    長野さんの仕事は、お客さまの接客と写真撮影。「父と同じ仕事を選びました。一番好きなことを仕事にしたのですが、苦労も多いですよ。でも、私が撮った写真を見て、お客さまが喜ばれている時は苦労を忘れて、とてもうれしい気持ちになります。」
    長野さんが同校を選んだ理由は、整った設備と最高の環境だった。「太陽光を採り込め6面のバックが取れるデイライトスタジオ、メタハラ・ライティング装置を完備したデジタルスタジオなど、5つのスタジオ。4×5一眼レフのアルカスイス、8×10・4×5のジナー、リンホフ、日本に一台しかない8×10二眼レフ、ハッセル、ローライ、ライカ、コンタックス、アルパ、報道用ニコンまで、プロも憧れるカメラが揃っていました。」カメラだけではなく、レンズも逸品揃い、現像用の機器も一流のものが揃っている。「レンズは幻の名玉ニコラペルシャイド、世界に23本しかないツァイスミロター1000/5.6、140度の画角を持つハイペルゴン、ホロゴン、35m/m用で1.9ミリから2000ミリ超望遠まで。暗室には、引伸機のロールスロイスといわれるフォコターII付フォコマートIc、IIc、V35がずらりと並ぶ4×5フィルムの引伸ばしも可能」。それらに出会っただけでも、感動だったという。
    現像、焼付、スタジオでのライティングからデジタル画像処理まで、写真に関する豊かな感性と高い技術を習得し、幅広い作品表現を2年間で学ぶ。「なんといっても写真が好きだということから始まると思います。まず写真に興味を持ち、基礎を学び、それから自分のスタイルを築いていくことだと考えています」。写真を仕事にすることができた長野さんは、今は自分の撮りたいモノ、自分のスタイルを探している最中だという。

       


    授業内容